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本日

母方の祖母が亡くなった

82歳

ものすご~く穏やかな人で
私をとてもとても可愛がってくれた人
子供の頃は何度も何度も抱きしめられた記憶がある


母上の実家は
日光の東照宮の近くで
小さい頃遊びに行くと
必ずものすごく甘い珈琲を出してくれたおばあちゃん

それは私が大人になっても変わらず
車の運転免許を取って
ひとりで遊びに行ったときにも出してくれた


もぅ
私が免許を取るころは
子供の頃の記憶のおばあちゃんではなくて
すごく小さく
私がデカくなったってのもあるけど(笑)
珈琲の分量も砂糖の加減もあまりわからなくなってたけど


コンビニが大好きで
私が車で行くと
コンビニに一緒に行ったりした


私がチョコレートが大好きなのをずっと覚えてて
母が家に行くと
私に渡せと1枚の板チョコを必ず持たせてくれた


ちなみに
日光て今は合併しちゃったけど
旧日光市はどこもかしこも坂道で
その点はちとつらい環境だったね


数年前から
祖父が全盲てのもあり
宇都宮のうちの近所の老人ホームで夫婦で暮らしていたんだが

つい数ヶ月前
私が退院したその日
脳から出血が見つかり入院してしまった


もぅ
誰が誰かわからないかもね

と母に言われてお見舞いに行ったときに

母が
これ誰かわかる?

と聞いたら

若干キレぎみに

わかるよっっ

と私の名を子供の頃と変わらず呼んだおばあちゃん

かなり面白かった(笑)



母親とすごく似ているなぁと
自分なりのルールがあって
それは人には理解出来ないほどの小さいルールなんだけど
そのルールからはみ出た時は不機嫌になる
もう半分ボケてしまっていたが
そのルールだけは変わっていなかったように見え
母に

似てるよね
キミら親子

と言って笑っていた



私が術後すぐってのもあって
私ですら体力が元に戻らないことを考えた時に
本当に
年寄りが手術をしたり入院したりするってのは
大変なことだなぁと

たまたま昨日
母が
もぅ おばぁちゃんダメかもね

苦しそうにしてるのを見ると
それでもいいかなと思ってしまう




今朝
誰も家には居なかったが
私が起きる頃はいつも誰もいないし
何も不思議には思わなかったが
妙に線香くさいのと
家の中の雰囲気が違う感じがして
何かあったのかなとは思ってたけど

人は必ずいつか死ぬ

自分もそうなんだろうけど
人の歴史てすごいなと


喪服を取りに行かなくてはならなかったのと
少し職場に顔を出しにいかなくてはいけなかったので
母が帰宅するまでは居られなかったが
母は今
何を思っているんだろう

事故とかで突然亡くなったわけではなく
昨日の発言のように
ある程度わかっていたとしても
自分の親がこの世にいないて
私はまだ幸いにして体験していないし
母も
フルオープンな人に見えて
実はそうではない人だから
心中はわからないね


愛されてて大好きだったなぁ
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2008年07月05日 日記 トラックバック(0) コメント(0)












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